スクリーン・ヒーロー

 歪んだギターの音に追い立てられるように僕は歩を早める。この町に延々と鳴り響くギターをママは「これは精神安定剤なのよ」と例えた。授業でも同じことを習うし友達も特に気にしていないから、本当のことなのだろう。だとすれば、僕はこの町にいらない存在に違いない。
 丘の上ではほんの少しだけ音が遠のく。僕は町を眺める。遙か向こうに在りながら圧倒的な存在感を備えているのは、一山ほどに巨大な、白いスピーカー。思わず目をそらして上を見ると黒い鳥が飛んでいる。おそらく鴉だろうと僕は見当をつける。
 あれは、僕だ。
 いつか僕は黒い翼を広げ、冷えた空を一直線に滑空してスピーカーを破壊する。


 家に帰って僕はすぐにテレビの電源を入れる。目的は十三チャンネル。切り替えた瞬間、流れ出した「無音」がギターの音を完全に打ち消す。一日五分間だけ、この映像は視聴を許可されている。そして僕はつかの間の安定を手に入れる。
 画面には一羽の鴉が写っている。闇の色をした孤独な鳥は、雄大な自然の中、真剣な瞳で清んだ大空を美しく滑空している。