これが彼女の食とエロと創作――湖西晶『〆切ごはん』

本当の本当の追い込みの時って サンドウィッチすら無いよね!!(P104)

 ないです。(マジで)


 湖西晶『〆切ごはん』がすばらしく面白い。これが今のきららに載ってる事実には奇跡すら感じます。僕の中では連載開始から話題沸騰だったんですが世間的にも話題沸騰にならなきゃ嘘だろって思うので単行本発売を機にレビューします。

 本作の内容を短くまとめると「19歳の女流エロ漫画家・三縞ゆかり先生(かわいい)が仕事したり妄想したり自炊したりしながら一人暮らしする話」。たまに妹(かわいい)とか新人女性編集者(エロかわいい)が絡んだりもしますが、基本的にはゆかり先生の生活と思考をメインに描かれています。
 なんだ、最近流行のネタを詰め込んだだけじゃん、と感じる人もいるかもしれません。しかしそういう安易な姿勢から生まれた作品では絶対にないと断言できます。なぜなら間違いなくゆかり先生=湖西晶本人だから
 いやもちろん湖西晶は19歳じゃないし一人暮らしでもないしエロ漫画家でもないです(最後だけちょっと微妙)。けれどそういう設定的なことじゃなくて、魂のレベルで明らかに作者の分身なんですよ。それは何より彼女の言動が物語っています。

ほら私ってお腹空くとダメな人じゃないですかぁー(P14)


生魚の後は絶対コーヒーだよねブラックでホット(P23)


清楚でそういうの無縁な人が照れながらエッチな話とか(中略)うわーうわーうわー(P38)


コミケに一般参加して)すっごい力の有る作家さんいっぱい こんな中で描き手として参加しないで 何やってるの 私(P68)


やっぱレバニラは揚げるかどうかで全然違うよね(P78)

 どうですかこのリアリティ。いちいち実感に溢れてる、溢れすぎている。
 つまりこれは自分自身をそのまま描いた漫画なんです。普通なら絶対人に見せたくないようなところも、まるごと。「絶対にコレが面白い!」という確信と、恥部をさらけ出す覚悟があって、初めて可能な仕事です。
 じゃあエッセイでいいじゃない、と思いますか? でもエッセイには実現できないことがあります。それは「理想郷を描く」ということ。言ってしまえば、19歳の女流エロ漫画家(かわいい)なんて現実にいるわけないし(ないよね?)、オクテの新人編集者が成年向けに配属されるなんてこともありえない(ないよね?)。全部ファンタジーなんですよ。でもそこには、作者の分身たるゆかり先生がいる。たしかにそこで生きている。たったそれだけのことで、理想郷は現実になる。なるんです、本当に。
 僕は『神のみぞ知るセカイ』という漫画がとても好きで、特に序盤から中盤まではものすごい新しさに満ちた作品だと思っているんですが、あれは学業優秀かつエロゲーマニアだった作者がその経験を120%ぶち込んで作り上げた桂木桂馬というキャラクターがいたからこそ成立したフィクションでした。それと同じものを『〆切ごはん』には感じます。キャラが生きているって、やっぱり一番大切なことです。

 湖西晶という作家からこんな発明感のある漫画が生まれたということに、正直驚きを感じています。代表作『かみさまのいうとおり!』は強引な下ネタという特徴はあるものの、基本的には王道のきらら系コメディでしたし、近作『うしのこくまいる!』はそこにビターな設定と切ないストーリーを持ち込んだ、順当なアップデートという印象の作品でした(かなりおすすめ)。それらに対して『〆切ごはん』は、なんというか、レイヤーが半分くらいズレている。おそらく、あまり読者のことを考えていないような気がするんですよね。自分の面白いと思うことをただそのまま書きました、というような軽やかさがあって、ほどよく力が抜けているのを感じます。もしかしたら、この発明っぷりも作者の想定外だったんじゃないかなあ、なんて、それほどに自然体の作品です。
 覚醒したなあ、と書いてしまうと失礼ですよね。でも本当に、嬉しかったんです。人間の進化には際限がない。