仙石寛子「三日月の蜜」

三日月の蜜 (まんがタイムコミックス)

三日月の蜜 (まんがタイムコミックス)

 著者の第二作品集。読んだんですよ。読んだんですよ! まあ呆然ですよね。二作目なので衝撃度とか新鮮さは多少薄れてはいますが、やっぱり圧倒的な刺激と新しさがあります。そもそも4コマの単行本で短編集って時点で並々ならぬ存在感なわけです。
 あんまりおもしろいので、全作感想行きます。


 表題作「三日月の蜜」。これだけ中編です。人を好きになるって、一体どういうことなんだろう。恋の始まりはどこにある? そんな命題をゆったりとした空気感の中、真摯に辛辣に描いた名作。上品な純文学の短編を読んでいるような気分になります。

「初雪、初恋」。雪の降る間にしか居られない雪男と、人間の少女の恋愛(?)模様。二人の愛に対する考え方の違い、想いの衝突、そして歩み寄り。冬は、まだこれから。まさに仙石寛子らしい一作です。(ちなみに初出は12月号)

「キラキラ青虫」。完全に自重を止めましたね、作者。なんと青虫と少年の恋愛です。シュールなビジュアルとコメディなノリとシリアスな恋愛感情が渾然一体となって、ちょっと名状しがたいインパクトがあります。でもちゃんとポップで読みやすいあたりがすばらしいのです。一押し!

「今夜は七夕」。彦星の世話をする侍女を主役に据えた一作。常道を少しずらした設定、目の付け所がおもしろいです。切ない思いが、割合ストレートに迫ってきます。

「夢でも、夢でも」。人魚姫に憧れるけど、でも同じように行動できない人魚の女の子。恋愛は大切だけれど、でも他にも大切なことはいっぱいあるよね、というあたりまえのことが描かれています。モノローグの使い方が特に光っています。ビシッとムチで打たれた気分。

「女子メガネ」。ただ女学生がコンタクトからメガネに変えただけの話。今回の中でも圧倒的にゆるく、何も起こりません。こういった箸休め的なものも単行本には必要ですよね。作風の幅の広がりを感じさせる一作で、わりと人気も出そうです。

「レンゲリンネ」。小学生の女子を見守る青年守護霊、その秘められた想いは……。とにもかくにもラスト一コマがすばらしいのです。たった一言の台詞に込められた、はち切れんばかりの感情。胸がつまって、言葉が出ません。

「ちょっと早いけど干支」。なんでもいいからとにかく私はバニーガールが描きたいんだ! という作者の煩悩がだだもれ。メタ的な話もあったりして、遊び心に溢れた一作。ここまではじけているのはめずらしいですね。たまにはこういうのもありかと。

「妹が魔女に」。魔女という題材は突飛ですが、それ以外は至って普遍的な、決められたレールに乗っかる人生は云々という内容。誰にとっても身近な感情が、作者らしい筆致で描かれています。あと魔女服かわいい。魔女服かわいい。

「一途な恋では」。他国へ嫁ぐ姫様と侍女の愛、というありがちな題材に一ひねり加えるあたりが流石のあまのじゃくですね。P123一本目、この、4コマでこんな描き方するのか! という、これこそ仙石寛子の真骨頂でしょう。それにしても無邪気で一途な姫様、愛らしいですねえ。

「あなたにとって わたしにとって」。観覧車の中で、幼なじみ、ふたり。P132で終わっていればいつもどおりの作者なのだけれど、そこからの2ページに作者のこの先を見た思いです。一見蛇足ではあるのですが、明確な意思が込められているようにも感じられます。

「間接、直接」。この作品のみ、非4コマです。この人は4コマでこそ、と強く思っていたのですが、正直揺らぎました。こちらの方が合っているかもしれません。コマ割、構図、空白の取り方。完璧です。ここで終わるか! という幕切れの鮮烈さも含め、ぜひ多くの人に体験してもらいたい8ページ。



 というわけで仙石寛子「三日月の蜜」全感想でした。話としては今でも「赤くない糸」(前作収録)が一番だと思っていますが、単行本全体としての出来は前作以上です。ぜひ読んでください。本当に全身全霊で勧めたい作品集です。